東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)44号 判決 1965年1月26日
原告 事務機工業株式会社
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和三八年審判第五八九号事件について、昭和三九年三月二一日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
主文同旨の判決を求める。
第二請求の原因
一 原告は、昭和三七年三月八日特許庁に対し、別紙記載のとおり、「ジム」の片仮名文字を太くゴシツク体風に左横書きし、特に「ジ」は平行四辺形の形状、「ム」は横方向の肉厚を縦方向より薄くした特殊形態の文字から成る商標(以下本願商標という。)について、指定商品を第九類「産業用機械器具、動力機械器具(電動機を除く。)、風水力機械器具事務用機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く。)その他の機械器具で他の類に属しないもの、これらの部品および附属品(他の類に属するものを除く。)、機械要素」とし、原告の登録第五五五五四四号、昭和三五年商標登録願第四三七八七号および昭和三七年商標登録願第六六三八号各商標と相互に連合商標となるべきものとして商標登録出願(昭和三七年商標登録願第六六三九号)をし、ついで、昭和三七年一〇月一七日指定商品を「事務用機械器具」に限定したところ、同年一二月五日拒絶査定を受けたので、昭和三八年一月二三日この査定を不服として審判の請求をし、昭和三八年審判第五八九号事件として審理された結果、昭和三九年三月二一日右審判の請求は成り立たない旨の審決を受け、同審決の謄本は、同年四月二日原告に送達された。
二 本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。
本願商標を構成する「ジム」の文字は、指定商品との関係においてその用途をあらわす「事務」の意義を直感させるものであるから、これを普通に使用される態様であらわしたにすぎない本願商標がその指定商品に使用される場合においては、その取引者需要者は該商品が事務用に供されるために製作されたものであり、本願商標を指定商品の用途効能をあらわすものであると理解するのが取引の実際に照らし相当であつて、たとえ、本願商標が請求人(原告)の商号の略称であることを勘案しても、該商標が上記の意味を有するものとしてこの種商品の取引者層により一般に使用されている事実にかんがみ、これを否定しえないところである。したがつて、本願商標は、その効能用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるといわざるをえず、商標法第三条第一項第三号の規定に該当するものである。なお、本願商標が請求人により使用された結果需要者において何人の業務にかかる商品であるかを認識することができるにいたつているとの事実も、これを認めるに足りる証拠がないというのである。
三 けれども、本件審決は、つぎの理由によつて違法であり取り消されるべきである。
(一) 本願商標を構成する「ジム」の文字から必ずしもただちに審決のいうように「事務」が意味され認識されるとはいえない。わが国において男子名としてひろく認識されている「ジム」、また「寺務」、「時務」、体育館(Gymnasium)の「ジム」等をも認識させる。審決は、本願商標が指定商品との関係において、その用途をあらわす「事務」の意義を直感させるというが、そのようなことはない。これは、現に、登録第五五三五八四号をもつて「ジム」の文字商標が旧第一八類(大正一〇年農商務省令第三六号商標法施行規則第一五条)(事務用)計算器、算数器、感光紙(青写真用印画紙)等を指定商品として、昭和三四年一月一四日に出願され、登録されており、本願商標と指定商品についての取引の実情も同じであることからも明らかである。しかも、本願商標における「ジム」の文字は、原告会社の商号と関連するため本願商標に特に顕著な識別力を有せしめている。なお、審決は、本願商標が「この種商品の取引者層により一般に使用されている事実」があるというが、そのようなことはなく、また、指定商品の取引において取引者需要者により片仮名文字で「ジムキカイ」「ジムヨウケイサンキ」等とごくありふれてあらわされているということは争う。
(二) 原告は、特許庁における本件手続上、拒絶理由の通知を受けたので、前述のとおり指定商品を第九類事務用機械器具に縮減したが、これは、指定商品を限定すれば審査官において登録するかのように解されたので指示に従つたまでである。このような場合でも審判官は再度請求人の意見を徴すべきであるのに、そのまま審決をしたから、本件審決は、商標法第五六条、特許法第一五六条第一項の規定に違反した違法のものである。
(三) なお、審決は、本願商標について同法第三条第二項の規定にかかる使用による特別顕著性も認められないとしているが、原告に対しこの点について拒絶理由の通知がされていない。
よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。
第三被告の答弁
一 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
二 請求原因第一、二項の事実は認める。もつとも、本願商標の書体については、この程度のものは、その書体の故に識別力が生ずる特殊態様とはいえない。同第三項の点は争う。
(一) 本件審決は、指定商品との関係において「ジム」の文字が「事務」を意味するといつているだけで、一般に「ジム」の文字が認識させるところを問題にしているわけではない。そして、本願商標の指定商品「事務用機械器具」の文字をみれば、「事務」の語が、商品の用途としての事務すなわち事務の用途に供せられる機械器具の用途を指すものとして用いられていることは明らかであり、この種商品の取引において、取引者需要者が商品の発注書、送り状、受領書等に片仮名書きで「ジム用機械」「ジムキカイ」「ジムヨウケイサンキ」等と表示することは、ごくありふれて行われていることである。すなわち、「ジム」の文字は、用途を示すものとして普通に使用されている。また、「事務用機械」は「事務機械」とも一般に呼ばれており、その場合の「事務」も機械の用途を表示するものであることはいうまでもないから、「ジム」は、「事務用」なる用途表示の略称としての「事務」のみでなく、「事務」なる用途表示そのものを片仮名であらわしたものとして、指定商品の用途を直感させるものといえる。
なお、本件審決において、「本願商標が請求人の商号の略称であることを勘案しても」といつているが、これは、原告がその商号に含まれている「事務」の文字を抽出してこれを片仮名であらわして商標として登録出願している事実にかんがみ、しばしば一般に行われているようにたとえ本願商標が原告会社の商号の略称として使用されている文字を採択したものであるとしても、なお指定商品の用途をあらわすものとして需要者取引者に理解されるものであるというにほかならない。
原告指摘の登録第五五三五八四号商標は、本願商標と対比し、指定商品も、登録された時期も、指定商品との関係における取引の実情も異なるから、同一に論ずることはできないし、本件における判断がこれに拘束されるわけのものでもないこの登録第五五三五八四号商標は、本願商標と右のとおり指定商品を異にしているけれども、前者の指定商品中には、本願商標の指定商品の一部をも含んでいる。したがつて、仮に本願商標が用途等を表示するものでないとしても、本願商標は、この先願先登録の商標により登録を受けえないものなのである。
原告は、本願商標における「ジム」の文字が原告会社の商号と関連がないとし昭和三九年一〇月六日の口頭弁論期日においてこの関連にもとづく本願商標の特別顕著性については主張しない旨明らかにしていたところ、同年一一月二四日の口頭弁論期日にこれを改め、右関連にもとづく特別顕著性をも主張するにいたつたが、この訂正には異議がある。
(二) 原告が本願商標の指定商品を縮減したことに関連して主張するところについては、もともと、本件における拒絶理由通知は、本願商標を事務用機械器具に使用するときは事務用機械器具を直感させるから、該商品についてこれを普通に用いられる方法で使用すると、普通名称を表示するものと認められるとして商標法第三条第一項第一号に該当する旨を明示している。つまり、「事務用機械器具」に使用しても、本願商標は拒絶されるべきものである旨が出願人に対し通知されている。また、本件についての審理終結通知(商標法第五六条、特許法第一五六条)は、昭和三九年三月四日付で同月六日原告に対し発送されている。もつとも、本件審決は、本願商標について、指定商品の効能用途を普通に使用する方法で表示するものであるとし、商標法第三条第一項第三号の規定に該当するとしている。すなわち、拒絶査定とは適用条項を異にしているけれども、両者は、いずれも、本願商標が事務の用途に供せられる機械を直感させるというのであり、したがつて、同じ理由によりただ適用条項を異にしているだけであるから、拒絶の理由を再後通知する要がないことは当然である。しかも、商標法第三条第一項は、いずれも商標の識別力に関する規定であり、その第一号ないし第五号は、いずれも単にその例示にすぎないものと解すべきことが明らかであるから、この点からしても審決が右各号の範囲内で査定と異なる条項を適用したとしても、審決のかしとなることはない。
(三) 本願商標については、使用による識別力を生じているという事実はない。なお、商標法第三条第二項は、同条第一項の救済規定であるから、この第一項の規定に該当するという拒絶理由がすでに示されている本件においては、同第二項に該当しないという理由を改めて通知する必要がない。これは、同法第五六条の規定において準用する特許法第一五九条第二項の規定の準用する同法第五〇条の規定の趣旨に照らし明らかである。
原告の本訴請求は失当として棄却されるべきものである。
第四証拠<省略>
理由
一 特許庁における本件審査、審判手続の経緯、本願商標の構成が別紙記載のとおりであること、その指定商品および本件審決の理由の要旨についての請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争がない。
右争のない事実によれば、本願商標は、別紙記載のとおり、「ジム」の片仮名文字を太くゴシツク体風に左横書きにし、そのうち「ジ」の文字は右に傾いたほぼ平行四辺形の形状、「ム」の文字はほぼ台形で、横方向の字画は縦方向の字画より細くし、かつ、全体としてほぼ台形状となるようにして成り、第九類「事務用機械器具」を指定商品とするものであること、本件審決は、本願商標はこれを構成する「ジム」の文字が指定商品との関係においてその用途をあらわす「事務」の意義を直感させ、指定商品の効能用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成るものである以上、商標法第三条第一項第三号の規定に該当し登録されるべきでないとしたものであることが明らかである。
二 ところで、本願商標にかかる「ジム」の語が「事務」のほか、「寺務」、「時務」、体育館(Gymnasium)の「ジム」等種々の意に用いられ、しかも、そのいずれもが本願商標の指定商品「事務用機械器具」の取引者需要者を含む一般世人の間においてはほぼ同等にひろく親しまれ認識使用されていることは、当裁判所に顕著なところである。このように多様な意味をあらわす語は、これが仮名書きという一般的表示をとつて用いられるとき、右のうちどの意味を特定表現しようとしているかは一般世人にはただちに認識することがむずかしくなるから、その反面、個々の具体的意味のうちどれを指すかということは認識のうえでは後退し、しかも、それが本願商標においては片仮名書きであることをも考え合わせれば、むしろ、その仮名文字または「ジム」の音自体としてそのまま認識されるにいたるであろうし、少なくとも、ことさら「事務用」という用途表示としてではなく、せいぜい「ジム」という個有の名称として認識されるであろうことは、簡易迅速を旨とする取引の実際において、ひろい範囲の取引者需要者をもつ指定商品「事務用機械器具」に関しては、ことに容易に考えられるところである。そして、このような「ジム」の文字は、これがこの文字だけをもつて商品の出所の標識として用いられ、その出所が「事務機工業株式会社」であることを考えると、この出所と密接顕著に関連あるものとして一般世人に認識されるであろうことが、容易に理解される。(被告は、原告において、本願商標の「ジム」の文字が原告会社の商号と関連を有する旨主張するについて異議がある旨述べているけれども、これが時機に後れ訴訟の完結を遅延させる攻撃防御方法その他主張することを許されないものに当るとは認められない。)なるほど、「事務用」ひいて「ジムヨウ」という語は、事務の用途にかかることを意味する語といえようが、単に「ジム」の語自体からただちに一般世人がこの「ジムヨウ」の意を連想しないしは認識するものとすることは、たやすく肯認することができない。それは、たとえば「事務機械」の語における「ジム」(事務)が事務用の意をあらわすとはいえ、「事務機械」という一語に構成されることによつて、はじめて「ジム」がそのように解されるのであることからも容易に理解できることである。
本願商標は前示認定のとおりの「ジム」の文字から成り、全体としてかなり特色のある構成にかかるものであるところ、以上に判断したところを総合して考えるときは、本願商標は、これがその指定商品「事務用機械器具」に用いられても、事務用機械器具を直感させるものとはいえず、特定の出所の識別力を有するものと認めるのが相当である。
なお、本願商標とこれより先願先登録にかかる登録第五五三五八四号商標との類否については、本件審決が判断の対象としていないところであるから、同審決の当否について審理すべき当裁判所において判断する限りでないことはいうまでもない。
三 右のとおりである以上、本願商標をもつて指定商品の効能用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり商標法第三条第一項第三号の規定に該当し登録すべきものでないとした本件審決は、その余の点について判断するまでもなく、判断を誤まり理由不備の違法あるものとのそしりを免れず、その取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 荒木秀一 武居二郎)
別紙
本願商標<省略>